2006年07月12日

気まま連載〜なぜDOCOは破綻したのか ある阿呆の探求〜第4回

今回はマーケティング編であります。
いかにしてユーザー取り込みをはかり、そして天に帰ったのかを俯瞰してみます。


2004/09/26 公式サイトOPEN βテストの概要も発表される
      ※東京ゲームショウ2004 にて9/25-26 クローズドβトライアルROM配布

2004/10/12 クローズドβスタート
2004/10/20 World PC EXPO2004 にて10/20-23 クローズドβトライアルROM配布
      ※銀弾丸はここでβテスターとなった

2004/10/25 クローズドβの追加募集 web上で実施
2004/11/11 正式稼動スケジュールおよびサービス料金発表

2004/12/16 パッケージソフト発売!正式サービス開始!
      ※価格は6090円(税込)!ややイカン。怒りがぶり返してキターヨ
       この日からの迷走は第3回での項参照のこと
       バグ連発の事実上のオープンβであった

2005/02/11 DOCO初のイベント:バレンタインイベント開催
      ※以降、この手の「愚の骨頂」イベントが散発的に組み込まれ始める
      ユーザーからの「こんなことより先にメンテすることがあるだろ」の声も虚しく
      イベントプログラムのためのバージョンupが新たなバグを誘発するコンボが確立

2005/05/27 2nd Seasonへのバージョンupおよびクライアント無料DLを発表
      ※6090円初期投資した者向け「ご愛顧感謝"アリガトうま!プレゼント"」実施
       DERBY OWNERS CLUB ONLINE BENCHMARKも併せて公開

2005/08/01 無料クライアント+10日間利用権のDL配布開始
2005/11/10 無料クライアント+10日間利用権の全国SEGAゲーセンでCD-ROM配布開始
      ※このあたりから、必死な新規ユーザー誘引施策が目立ってくる
       いまさら確認してみたが、かなり大規模だと判明した

2005/12/14 「MEET Mihoキャンペーン」発表会
2005/12/16 「吉岡美穂のロハスマ日記」ブログ開設される

2005/12/28 公認ネットカフェ(全国約100店舗)でのDOCO導入を開始
      ※現在も稼動しているかどうかは「謎」
      「もうダメなんじゃないか・・・」という声が現実的となってくる

2006/03/01 新規/既存双方に向けた2種類のキャンペーンを発表
      ※トモダチ紹介とは言うものの、ネズミ講状態にすらならず、2垢者助長
       最終的には、CD-ROM絨毯爆撃にまで発展した模様

2006/03/31 「吉岡美穂のロハスマ日記」ほとんどDOCOに触れることなく終了

2006/06/30 本年9月30日22時をもってサービス終了を発表


<総括>
当初はβテスター希望者が殺到するぐらいの注目を浴びた。
おそらくそれなりのマーケットはあったんだと思われた。
そして強気のパッケージソフト発売。実売でも5000円強だったわけで(発売本数は未確認)

やはり問題は初期のオープンβ以下のクソ運営。TV-CFまで投下したわけだが、正式サービスには程遠いSEGAクオリティに、私も含め、ネトゲ初参戦であるような「貴重な新規ユーザー」が愛想を尽かした代償はあまりに大きかったと想定される。
(ネトゲの常識なぞワカラヌワ!ミタイナ)

2005年中盤以降からの新規囲い込み「もう必死」キャンペーンを試みたが、
結果、ロイヤリティの低い対象(高かった層へのアプローチはすでに勝負が決していた
→打ち手無しであった公算大)への取り組みは課金には繋がらなかったと考えられる。

・リテラシーが低い者へのネトゲ参画プロモーションは無駄ダマだったかも

・愛想をつかした高ロイヤリティ者は、結果的に「アンチ勢力」となり、ネット上での風評に大きく影響を与えたかも(実際、アマゾンでの評価は最悪を超越したカオス状態であった)

・ゲーセンでの展開も結果的には遅きに失しており、いわんや、競馬場・ウインズでの配布なんて「ワラニモスガリスギル」愚作だと思われ。

・しかしながら、本来カニバリゼーションとなるゲーセンでのネトゲROM配布なんて、ほんと水面下ではいろいろな議論があったんだろうーなーと夢想してみるテスト


っつーことで、いずれにせよ、ユーザー囲い込み及び新規獲得というゴーイングコンサーンの枠組みにおいて、

「プロモーション活動」、「バージョンup」、「プログラムメンテ」、といった、そのMMOGを構成する諸要件が、シナジーどころか、結果論的には、ほぼバラバラに「見切り発車」となった結果、存続を指向することが出来えず、終焉を迎えてしまった・・・とここでは総括してみたい。

プログラマーにも責任はあろうが、やはり、ビジネスとして総括する立場であろうプロデューサーの責任は、極めて重い。

っつか一人のユーザーとして発言するならば

「逝ってよし(死語)」

としか言いようがあるまいて。

sega1.jpg       sega2.jpg
DOCOプロデューサー 高谷慎太郎氏     CS統括本部長 岡村秀樹氏


sega3.jpg



次回、「そもそもグランドデザインがunkoすぎた」という結論章へ続く。




posted by 銀弾丸 at 16:07| 福島 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
どうも、コスモスの者ですw
アーケード時代、DOC2が終わって登場したのはカード使用のサッカーゲームでした。そして今回も・・・DOCOに変わってサカつく。
4年ごとの因果関係w
とにかくこのセ○って会社はダメですねw
セ○サターン、ドリームキャスト・・・逝ってよしwってかんじです^^;
Posted by ウーロン at 2006年07月12日 22:43
どもども。
DOCについては、その後、アーケード筐体がMJという麻雀ゲームに流用され、そのMJに私はどっぷり嵌っておりました。

まぁSEGAについては、いろいろと思うところありますが、昔から言われてるとおり、技術1流・営業3流ということなんでしょう。

にしても、MJは相当儲かってると思います。
Posted by 銀弾丸 at 2006年07月14日 10:58
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